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【読書】錯覚の科学

更新日:2018年9月28日

前回「選択の科学」という本を読んでいる。と、こちらのブログに書きましたが、

並行して「錯覚の科学」という本も読んでいます。(他にも並行している本がいくつかありますが)


「錯覚の科学」クリストファー・チャブリス,ダニエル・シモンズ著(文芸春秋)


錯覚というのは、いわゆる”目の錯覚”の事だけではなく、

脳そのものが錯覚する。という感じで、それが、いろいろな実験などを踏まえて科学的に分析されています。


読んでみて思うのは、やはり「自分の記憶はあてにならないな」ということです。 どれほどクリアーに思い出せても、それが、現実に起こった事の描写なのか?それとも、自分の脳が創り出した”都合の良い”記憶なのか?の区別はつきません。

映像データで残っているように思えそうな鮮明な記憶でさえ、そのようです。


以前も書いたかもしれませんが、私個人の説としては、記憶はPCで言うところの”圧縮”された状態にあると思っています。なので、記憶と言われるものの内、過去として残っているのは一部に過ぎず、「思い出す」という作業中でも実際は、「今現在の脳」がその過去の一部に色々な肉付けをしている状態なのだという事です。




たとえば写真データを圧縮すると、かなり容量が小さくなりますよね?あれは、画素数をそのままデータの重さだとした場合に、全部をちゃんとデータとして残しておくのは大変なので、例えばそのうち20%だけを残しておいて、残りの80%は一定のプロトコル(ルール)において再現する。【赤○○○○赤】という感じでデータがあったとしたら、その○は全部赤で良いじゃん!ってノリです。

とても小さい範囲の事なので、PCのモニターで見ている分には、元データも圧縮解凍後のデータも、違いない場合もある。(印刷するとモニターよりもマスの数が多いので荒れて見えたりもします。)


まぁ、何が言いたいのかと申しますと、もともとデジタルではない「記憶」というものを、さらに圧縮して脳内に蓄積している訳ですから、そりゃーもう、記憶なんてものは、とっても曖昧。それは言葉もイメージも一緒です。って話です。


やはり、メモや映像など、記録として残しておくことは重要ですね。って事で。

ご参考までに。


 

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