信頼関係と法律

最終更新: 2018年10月29日


時に、社会的なコストというものを意識したりします。

自分にとってベストでも、社会全般にとってどうなんだろうか?と。

信頼関係というのは、非常に優れたもので、程度の差はあれど、構築するまでにある程度の時間を必要としますが、できた信頼関係は、コスト削減に非常に役立ちます。


信頼関係があるが故に、

  • 調整や契約内容に無駄な時間を使わずにすんだり

  • オープンな話ができたり

  • 必要以上に考える必要がなかったり

  • 時には、相手に身を預けることが可能だったり…。



逆に、法律を追求する方向へ行くと、10万円を借りても簡単に返さない人がいて、裁判をして、いやいや、契約書がない場合には裁判で勝つための資料や証拠を整理したり、弁護士に依頼したり…。簡単に10万円以上のコストがかかることうけあいです!


そんなことをしていて、社会はより良い方向へすすむのでしょうか?

それぞれが社会的なコストも考慮すべきだと思っています。どうしても合意できない場合には、裁判もやむを得ないとは思いますが。(社会的仕組みとして、必要なものであるのは間違いないです)


信頼関係を築く土台は、自身の責任の取り方にあると思っています。

あちらとこちら、50:50だと少し減った場合にはその信頼関係は100に満たないので、何かしらの揉め事の要因となります。ということは、50:50で築かれている信頼関係は非常に脆弱であると言えるかと思います。




一方、少々のトラブルでは壊れない、強固な信頼関係も存在します。

その場合というのは、60:60や、70:70といったように、相手側のミスに対して寛容である。また、それをカバーするキャパシティーがある。という場合かと思われます。


そういう場合には、なんらかの理由により信頼を損なうような事が起こったとしても、相手の信頼が自分が減らした分をカバーしてくれる。逆もまたしかり。そうやってお互い補い合いながら、さらに強固な信頼関係を構築していくことを可能とする。

それが、一番理想的だと思います。


ビジネスから離れても、友人関係でも、夫婦や恋人同士でも。「思いやり」とか「男気」とか、「やさしさ」とか、そういう類の言葉で表されるのがそれだと思います。

自分のミスを、自分が思う以上に責任を追及された場合にどう振舞うか?部下や仲間の分まで、自分が責任を取るという器があるか?


重要なのは、責任を果たせるかよりも、その時の行動ではないかな?と。それが、その人の器(うつわ)の大きさの表れであり、器が大きくとも、中身がまだ伴っていないと、責任を果たすのは難しいかもしれませんが、それでも、信頼関係は構築されていく。そういうのを感じる今日この頃です。


さておき、 世の社長さんは偉いです。基本的に会社の責任を一手に引き受けていますから。自分の家を担保に入れたり、連帯保証つけさせられたり。そういう、起業家に厳しい世の中も、結果的に社会的なコストがかかっている。と、感じるのでありました。


やっぱり、行き着くところは政治なのでしょうか?


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