その行動は「投資」か「消費」か。
目的がはっきりしていないと、何が投資で何が消費かすら、見えなくなってしまう事があります。わからないまま使ってしまった時間やお金は、基本、全て消費だと言えるかもしれません。
さて、いろいろなモノに使えて、使い方次第でいろいろなモノに変化するという点において、「お金」と「時間」はとても良く似ています。それぞれの使い方で難しいのはやはり、その選択肢の多さです。選択肢の多さ故に、難しい判断が迫られます。
投資という使い方だけでも、
使う時の大きさ(多さ)や
使う数量や、
リターンが戻ってくる時期や
リターンの大きさ(多さ)
そして何を求めているのか? というのも。
ビジネスでの「投資・消費」は金銭を伴う
ビジネスでお金を投資するというのであれば、求めている対象は「お金」であるため、
期待するボリュームと、
戻ってくるであろうタイミングと、
戻ってくる可能性を評価して、
その投資が良いものかどうか?を判断することが出来ます。その場合でも、まだ見ぬ投資機会というのが、いつ訪れるとも限らない部分は残りますね。
ビジネスという解りやすい(はずの)フィールドで考えても、これだけ難しいのですから、大きな意味での時間とお金の使い方というのは、複雑を極めると思います。
で、今回のブログはそういう難しい問題に挑戦しようと言うのではなく、 ちょっとした違いに焦点をあててみようと思います。
お金はリスクに晒すのに、時間の扱いはどうですか?
その違いとは、お金は「リスクにさらす」とか、「リスクマネー」という言い方をするのに、 時間は「リスクにさらす」と言ったり、「リスクタイム」と言ったりはしませんよね?なんででしょうね?という話です。
お金は使っても、稼げばまた戻ってくるでしょうし、戻って来たお金を使う場合の選択肢は、前回とそんなに変わっていないかもしれません。
それに比べて、「時間」は一度使うと元には戻せません。しかも「使わない」という選択もできません。置いておく事ができず、常に何かに使わないといけない。これは、お金よりも使い方が困難であると言えると思います。
お金の場合は、何かに使わないという選択をした場合(たとえば、貯金)でも、また考えが変わればいつでも使える状態をキープする事が可能なのですが、時間は「使わない」という選択をしたと同時に、「他の何かに使う」か、「ただ消費する」のどちらかの選択を迫られます。決断しないでいると「ただ消費する」を選択した事になり、気が付くと消えている・・・。
いやー、なかなかハードな代物ですねぇ、「時間」って。
「人生を愛する者よ、時間を浪費してはならない。人生は時間で出来ているのだから。」 と、ベンジャミン・フランクリンも言っています。
「投資とは、明日に依存して今日を失う事だ。今日を失う覚悟をしない者に明日は掴めない」 と、どこかの誰かも言っています。時間の使い方ひとつですね。なにごとも。
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